2019.03.09 Sat
3/2(土)、出雲大社へ朗読劇「古事記―出雲国神話集―」を見に行きました。
出雲大社御遷宮完遂記念として企画されたこの朗読劇は、出雲大社内の東神苑に設けられた特設ステージで行われました。出演者は、伊東健人さん、中島ヨシキさん、神尾晋一郎さん、阿澄佳奈さん、山崎はるかさん、の5名の声優さん。
前々から何となく出雲大社でイベントがあることは知っていましたが、出演者の中に阿澄佳奈さんがいるのを知り、「アスミスが出雲に!?」と詳しい日程を調べたのが一週間前の土曜日。
こういうのは毎度参加する前にいろいろと悩み検討する自分ですが、今回も例にもれず「開催日間際で良い席が残っているのか?」「雨具や防寒具は必要? 屋外っぽいけど屋根はあるの?」「混雑するから公共交通機関を使うようにと公式サイトにはあるが、どうやって行く?」と考えに考えた末、「行かなかったら絶対後悔するだろうな」と参加を決めました。
結果、その判断は間違っておらず、見に行って本当によかったと思えるものでした。
それは、やや後ろ寄りの席だったことがどうでもよくなるくらい。終演後、会場の外で販売していたパンフレットと台本を買いに走るくらいのものでした。
「神話」についてはなんの予備知識もなく、最初はその小難しさについていけていませんでしたが、段々と話に引き込まれていき、あるところでぐっと心をつかまれました。
例えば、神尾さんが演じたスサノヲが「娘たちよ、俺はお前たちを、祝(ことほ)ぐぞ!」と、自分の娘(スセリヒメ)とアシハラシコヲが一緒になることを認めるシーン。
また、伊東さん演じるアシハラシコヲ――後のオオクニヌシノミコトが、タケミカヅチの「たかが一国の主の分際で――」の一言に「一国とは、たかが一国には非ず!」と激高するシーン。
元々は「阿澄さんを生で見たいから」という不純な動機での参加でした。しかし最後には、ちょっと大げさな言い方かもしれませんが、阿澄さんを含め出演者全員の、そしてこの作品の虜になっていました。今回の観劇は、阿澄さんを生で見る(遠くで表情まではよく見えませんでしたが)機会を与えてくれたのはもちろん、そのほかのキャストの皆さんについて知るいいきっかけにもなりました。
屋外、しかも夕方から夜にかけてというより冷え込む時間帯の公演。見ている方も寒さに耐え大変ではありましたが、それ以上に演じている方々はもっと大変だな、苦労されているなと見ていて分かる部分もありました。でも、そんな中でも観客の心をつかむ全力の演技。
本当にいいものを見させていただきました。ありがとうございました!
…とここまで書き切ってしまうと、あとはもう余談となってしまいますが、お昼ごろに大社に到着し参拝と周辺をぶらぶらしたときの写真をいくつかピックアップしてのせておきます。(観劇の満足感とは裏腹に周辺ぶらぶらは多少の後悔の念があります…)
まずは出雲大社。何度か来たことがあるはずですが、随分と前のことであまり覚えておらず「こんなに参道はアップダウンがあったっけ?」とか「こんなうさぎの像は昔からあったんだっけ?」とか思いながら参っていました。途中、ガイドさんに先導されるツアー客と思しき人達を何組か見かけましたが、解説を聞きながら参るとまた違う楽しさがあるでしょうね。

大鳥居。この先、道の両脇にだんだんとお店が増えていき、観光客でにぎわってくる。

拝殿。出雲大社は二礼四拍手一礼。

「こんな像昔からあったっけ?」の西神苑のうさぎ像。ほかの場所にもいるらしい。

「こんなにアップダウンあったっけ?」の参道(下り参道)を帰るところ。
時系列でいえばこちらが先なのですが、旧大社駅にも行ってきました。国鉄山陰線(のちのJR山陰本線)の支線である大社線の終着駅、の2代目駅舎。1924(大正13)年に竣工。駅としての役割は1990(平成2)年に終えたが、駅舎はそのまま残されて現在は国の重要文化財に指定されている、とのこと(駅舎前の案内板とWikipediaより)。

駅舎正面。

線路の真ん中にて。ホームとともに一部線路も残されている。

D51形774号蒸気機関車。

駅舎内部。
余談の余談。最後の写真で写ってはいませんが、右側の仕切られたスペース(当時の出札室)には当時の駅員さんを再現したマネキンがいくつか立っていました。そして写真の奥に見える「きっぷうりば」にもよくできた女性のマネキンが一体。そのマネキンを含めてきっぷうりばの中を写真におさめようとスマホを構えようとした瞬間、マネキンが動き出しこちらを向いたのです…! そう、それまでマネキンだと思っていたきっぷうりばの女性は実は人だったのです。目が合った僕は驚きと恥ずかしさでそそくさとその場を後にしたのでした…。思い込みって怖いですね。…という結論が出たところで以上としたいと思います。